33章 さまよい求めて
「ねえ、どうして私まで連れてきたの?」
レイは迷いもなく私を掴んで空中の穴に飛び込んだわけだけど。私も巻き込む必要なんてあったのかな。
「お前の魔法を使わない手はない」
「あ、そうなの」
使えるものは何でも使うんだ、つまり。そう思っている間に光が見えた。出口だよね。
レイがずっと歩いてるから永遠に抜けられないのかと思ってたよ。暗闇から抜けるとそこは霧に包まれている森だった。
現在地がわかるかどうか聞いてみたらレイはいや、と首を横に振った。こんなにあたり一面が霧じゃ、わかるものもわからないのかも。
あ、足跡発見。靴の形からして、三つこれってキュラを連れ去った人のものかな? それにしては数が多い。
「レイ」
「そろそろ歩け」
ようやく放してくれたよー。めいいっぱい腕を伸ばしているうちにもレイはスタスタと先へ進んでいく。ちょっとは待って欲しい。
私は追いついてレイの横を歩く。霧の中をしばらく歩いていると大きな城がみえた。
「これって……昨日、破壊した城じゃないよね?」
こんな霧につつまれてなかったし。今日も昨日も晴れだったからいきなり霧がでるなんてことない。
「ルネスの居城だろう」
城の城門は大きくて、もちろん開いてるわけもなかった。レイが剣で叩き切って入口を作ったから問題ないけど。
「すごいねえ」
「早くしろ」
何事もなかったかのようにレイは城の中へと進む。
キュラ、今助けに行くからね! ルネスって人はレイが倒してくれるとして、私はカースさんの手紙とキュラを見つけないと。
いざとなればガーディアとラガが助けてくれるよね。召喚すれば良いんだから。
「……何処から探せば良いんだろ」
書斎とか金庫にあるかな? うーん、でも意外と地下に隠してあったりとかするかも?
静まりかえった広間。たったの数秒で三人も部屋からいなくなった。
キュラはルネスとやらにさらわれたし、清海は引っ張っていかれ。
その間あたし達は呆然と固まっていた。あの年で人を一人軽々と……ありえないわよ。
「あっ! ど、どうしよう!?」
「ってゆーか何だったんだあいつ!」
わたわたと、レリと靖が慌て始めた。二人が慌てるさまを見てあたしは平静を装った。
あたしと美紀まで慌てたらいけない。いつもより早い心臓の鼓動を抑えようと深呼吸をした。
「とりあえず、話を整理するべきよね」
「言えてるわ」
結論はすぐに出た。あの男が裏の支配者とかいうルネス。
キュラをさらっていった理由はわからないけど……居場所もわからない。
だからあたし達は動き様がなかった。場所が特定できなければどこへ行けば良いかわからないし。
そういう時は下手に動かないほうが良い。これ以上散り散りになったら事態の収拾がつかなくなる。
何も、できないのね。ただ待つくらいしか。
「あ、人がいるよ」
薄暗い廊下を歩いていると横の扉が開き部屋から銀髪の長剣を持つ男が出てきた。
長剣を持つものは多くとも銀髪はそうそういない。今朝の──男は一瞥し、視線を外した。
「……なんだったの?」
また別の部屋から男が出て来る。格好からして聖職者、しかし装束は黒で纏められている。
身に纏う色と装飾品などから、所属はだいたい察せられるが。おそらく、ファルバエナ僧兵だな。
フェンダーラ教の実働部隊が何故こんな場所にいる。ルフェインに本拠地を置く奴らには管轄外だろう。
「おい、なんで子供がここにいる」
「この剣士がついているなら心配ないだろう。並みの者では適わない」
聖職者というのは細かいことに煩い。別に貴様の身内でもないだろうというのに。
「お前達には関係ないことだ」
来た道を引き返す。別の道を探すとする。大きな城だ、道が一つということはない。
「あ、レイ待って! 置いてかないでよ」
結局城をぐるりとまわったが何も、ルネスもいない。部屋を漁ってみたりもしたが収穫はなかった。
あの二人組と出会うこともなかった。それは気にかかることだが。
「階段、ないねぇ」
やはり隠されているのか。もともとこの城は砦として建造されたものだ、そう考えるのが自然といえる。
この場合は上へ続くものを探すよりも下へ続くものを探すべきだな。
あいつが生贄とされるのならその方に可能性がある。邪魔が入らぬよう、大概は地下でするものだ。
「下がっていろ」
階段がなければ作るしかない。俺は剣を抜き放つ。
「え……うん。もしかして、ここに穴開けるの?」
それには答えず俺はあいつが下がったところで剣を床に突きたてる。
多少時間は要するが切ることは出来る。所詮は木材、厚みがあろうと刃物には適わない。
「だったら手伝うよ。──て、雷神の怒りを静めよその身は避雷針のごとく!」
背後から紡がれた言葉は、まさか。いや、間違いなく弩級の威力を持つ術が発動するに決まっている。
俺は即座に突き刺したまま柄から手を離し後へ跳んだ。刹那の後に刃物のように鋭い光が俺の頬を横切る。
耳を塞ぐ。この至近距離だ、雷鳴も凶器になりうる。直に聞けば耳がしばらく使い物にならなくなるかもな。
『――――ィィィッ!』
予感的中。雷撃は剣に向かって落ちていた。天災に見舞われた周囲は黒く焼け焦げた。
雷の直撃した剣は運良く崩れ落ちもしなかったが、触れるとバチッという音がした。
それと同時に手に痺れが起きた。剣を鞘に収めた後もそれは治まらない。
帯電している。あの呪文の意味からしてさっきも魔法の威力は相当高かったが、やりすぎだ。
もともとの呪文の殺傷力に加えて、こいつの魔力の高さだ。人間に当たれば内臓まで消し炭になりかねない。
「お前は俺を殺す気か」
この自覚なしのせいで危うく死ぬところだった。
姉さんはなんでこういう時に止めようとしない、いるんだろう。
「あ……ごめん」
きょとんとした目で俺を見る。全くこの加減知らずが。だが、いい。
こいつがこうだと、そういうはわかりきったことだ。
それを責めたところで何にもならない。魔法によって開いた穴の下には思った通り地下があった。
下を覗くと暗闇でよく見えない。あれだけ広い空洞だ。使われていない部屋の真上だろう、此処が。
御託を並べるよりも、さっさと降りるか。ここに留まっていても仕方がない。
「暴れるなよ」
「ひゃぁっ!?」
こいつの魔法は厄介だが取り込んでおけば使える。俺は抱え込んで地下へと飛び降りた。
底が見えないほどだ、落下すれば普通の奴には耐えられないだろう。
「びっ、くりしたぁ……」
魔物がいるな。だがこの状態で俺が戦うことは出来ない。足場がないことには無理だ。
こいつを放すわけにもいかないが、剣の状態を考えてもやれそうにない。
「ひゃっ」
蝙蝠に似た魔物が集団でかかってきた。別に痛くはないが、小ざかしい。
顔を攻撃されるわけにはいかないので顔は守るが。目を潰されるわけにはいかない。
「おい、魔法で何とかしろ」
これ位のことで身が竦んでいたら殺される。一体どうやって今まで生き抜いてきたんだこいつは。
「いいの? ええと──風の色よ、覆う闇をすべてを吹き飛ばせ!」
俺を中心に猛風が吹き荒れるも一瞬のことですぐに風は収まった。
吹き飛ばされた魔物は壁にでも打ちつけられて死んでいることだろうが。
俺は何事もなかったかのように着地した。あたりを見渡すが真暗で何も見えない。
「暗いねー」
指を鳴らし、指先に炎を灯す。これくらいの初歩技術ならば俺にも扱える。
だが、こいつはその初歩を扱えない様子だ。大技しか使えないとは、たいした兵器ぶりだ。
この性格からあそこまでの魔法の腕前を想像できる奴はそうそういないだろう。
もしいるのならばそいつは相当、斜に構えて世をみていることになる。
炎をかざし、改めて周囲を見渡すと壁には絵が描かれているのがわかった。悪趣味だな。
「……なに、これ。まさかこれ絵の具じゃなくて……」
血で描かれたこの禍禍しい壁画は邪神への信仰が盛んだったころの遺物か。
塗られた血はかなり古く黒ずんでいる。生贄の血を使って描いたという具合か。
腕を掴まれた感触があった。見ればこいつは目をつぶり俺の腕を掴んだまま放さない。
これくらいのことで怯えるとは箱入り娘だな本当に。腕を掴む手は離れそうにない。
仕方なく掴ませたまま俺は歩いた。が、歩きづらい。これならば、抱きあげるほうがまだ楽だ。
引き寄せ、腰を基軸に回して両腕に乗せる。その合間に小さな声があがったが気にとめない。
「足下を見るな。落されたくなければ暴れるな」
状況を理解すると、落ちまいとして俺のコートを掴んだ。
これで歩きづらさはなくなったが、足先が見づらい。白骨が時々あたる。
まあ、こいつが骸に気づけば甲高い悲鳴をあげるだろう。それを聞くのに比べればかなりマシと思える。
戦闘に入るようなことになれば遺骨の山にだろうと問答無用で投げ捨てるがな。
ひゃあー、レイに抱っこされてる。あのレイに。なんだか怖いような恥ずかしいような。
鈴実もあの時こんな感じだったのかな……でも今は落ちたくないから私は暴れない。
絶対、床の上には落ちたくない。おそるおそる下を見たら骨っぽく白いもの見えたもん。
「そろそろ離せ」
本当に真っ暗闇だったところから、明かりのある場所へと出たところで言われた。
今でも心臓がバクバクしてる。気持ち悪い壁画とか床下のものとかのせいもあるけど。
「あ、ありがとう」
私一人だったら、すたすたとあの暗闇の中歩けなかったよ。
他にもいろいろお礼を言って私は離れた。あー、もう。さっきから心臓に悪いなあ。
怖くて腕にしがみついてたらレイに抱き上げられたし。多分今、私の顔って赤いんだろうなあ。
でもレイは振り向こうとはしない。良かった、見られなくて。レイの後を、少し間をあけて私はついていく。
廊下の先で黒髪の人と金髪の誰かがいた。
こんな地下にまで何の用……あれ? キュラだ。キュラがいる。でも何やってるの。
司祭っぽい格好をした黒装束のお兄さんがキュラの肩を揺さぶってるけど。
近くにあの時いた灰色の髪のお兄さんはいないし。
「キュラ、目を覚ませこのバカ! ったくお前は」
キュラがなにをしたのか、黒いお兄さんが後によろけて倒れた。
私は一瞬声がでなかった。そんなに力あったの? 靖とレリに大人しく引きずられてたのに。
「キュラ?」
「くっそ、なりやがったな!」
キュラが何かを唱えてる。耳障りな音に、眉を潜めるレイ。
ミレーネさんがレイと私の前に突然、立った。でも、ミレーネさんの出現にレイは気付かない。
「清海ちゃん、覚悟して。彼を大事に思うのならそれが必要だわ」
私にだけしか聞こえないからか、そんな不吉なことをミレーネさんは口にした。
まさか最悪の事態ってやつ? よくわかんないけど。私はレイの袖口をつまんだ。
行かないで、っていうよりはキュラを攻撃しないでって意味で。もちろん不安もあってのことだけど。
よくわからないものは切って捨てそうなんだもん、レイのことだから。
でもそんなことされると困るの。多少、暴れっこだろうとキュラは仲間だもん、皆にとってはもう友達だと思うし。
「放せ。くっつかれると足手まといだ」
「やだよ。……それよりも、キュラ? どうしちゃったの」
『キィィ――』
キュラなのに、キュラじゃないように見えた。笑顔を浮かべてるはずなのにおかしい。
今のキュラにあるのは歪みだと思う。笑ってもいびつで、笑顔になってない。
瞳の色だっていつもと違う赤だし。黄緑色だったよね、キュラの目は。
私はよく知らないからかもしれないけど、今のキュラは尋常じゃない気がする。
「……覚醒したな」
キュラがこっちに手をかざす。その手が狙うのは、私とレイ。
キュラは笑みを浮かべたまま唇を動かして何かを言った。
何も言わずにレイが私をキュラから隠すように覆い被さるように抱きしめる。ミレーネさんの姿が消えた。
目の前は黒一色に染まっていても、なぜか私の視界に閃光が飛び込んできた。まるで透明のガラスを突き通るように。
私はわけがわからないまま気を失った。どういうことなの……? キュラも、ミレーネさんも。
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